小さいザリガニ=ニホンザリガニというよくある誤解について

小さいザリガニ=在来のニホンザリガニというよくある誤解について

ジャンプに連載中の漫画「呪術廻戦」でVS宿儺戦が佳境に入っている。主人公である虎杖悠仁が初めて領域展開を使い、宿儺と連れ立って幼少期の体験を振り返る。その中で2人はザリガニ釣りをして「(宿儺)小さいな貴様のは」「(虎杖)オマエのアメザリじゃんニホンザリガニのほうがレアなんだよ」という会話が登場する。アメリカザリガニは赤いイメージがあるため、黒っぽい幼体時は在来のニホンザリガニと間違えられがちという問題がある。

呪術廻戦のザリガニ釣りシーンの会話

該当の会話は2024年8月5日発売の週刊少年ジャンプ2024年36・37合併号に登場する。

宿儺
宿儺

小さいな
貴様のは

虎杖悠仁
虎杖悠仁

オマエのアメザリじゃん
ニホンザリガニのほうが

レアなんだよ

このシーンの挿絵を詳細に検討しよう。左側の個体は明らかにアメリカザリガニだ。ハサミに特徴的な突起がある。一方、右側の個体は頭部(額角)が正三角形であり、背中の模様が「) (」となっていてニホンザリガニのようだ。アメリカザリガニだと中央でくっついて「X」模様になる。

ニホンザリガニ(左)とアメリカザリガニ(右)の識別ポイント

芥見下々先生は、サバクトビバッタの本を読んでいることが確認されるなど、下調べも行うタイプの漫画家であり、作画にあたり資料を確認しているようだ(というか、資料なしにニホンザリガニを描ける人はほとんどいない)。

アメリカザリガニを特徴づけるハサミのトゲトゲ
アメリカザリガニを特徴づけるハサミのトゲトゲ
アメリカザリガニ幼体は赤くなくハサミも小さいので、ニホンザリガニとよく間違えられる。アメリカザリガニでは背中の線が中央で接している点が識別ポイント。

では何が問題なのか

在来のニホンザリガニはアメリカザリガニより体が小さく、挿絵も描き分けられているとすれば、何が問題なのか。

環境省の資料(後述)で言及されるくらい、アメザリ幼体をニホンザリガニと間違える勘違いがよくある状況で漫画にそれを描けば、全国の小学生たちが「これは小さいからニホンザリガニだ!」と間違える事態が頻出するからだ。

アメリカザリガニは生態系に大きな被害を及ぼし、野外への放出が禁止されるなど条件付特定外来生物として法規制されている。ニホンザリガニと思って保護しようと別の所に放せば犯罪である。

現実的に小学生に厳罰がくだされる可能性は低いが、法規制されている生物を作品で扱うにはそれなりの慎重さが求められるだろう。

実際の事実関係はこうだ。

  • ニホンザリガニはアメリカザリガニより小さい(これは事実)。
  • ニホンザリガニは冷涼な環境を好み、北海道と東北北部にしか生息しない。
  • アメリカザリガニの子供は、頻繁にニホンザリガニに間違えられる。
  • 赤いイメージあるアメリカザリガニだが、小さいときはハサミも小さく黒っぽい。

ニホンザリガニは、きれいな沢の源流部に生息し、落ち葉を食べて暮らしている。つまり、子どもが親なしにザリガニ釣りできるような中下流域の河川や用水路には生息していない。

また、虎杖悠仁の領域展開に登場する駅はホームや駅前の像から、岩手県の北上駅と推定されている。ニホンザリガニは冷涼な環境を好み、岩手県でも北上市よりかなり北の大館市・鹿角市・二戸町が日本の南限。作中に登場する小岩井農場も、盛岡近辺の雫石町で、大館市より南方。

ニホンザリガニは、北日本に生息する在来種のザリガニですが、各地で生息個体数の減少が著しく、環境省第4次レッドリスト(2012)で絶滅危惧Ⅱ類(VU)に選定されています。ニホンザリガニは大館市にも生息しており、市内の生息地は日本における生息の南限に当たるため、その一部区域が昭和9(1934)年に「ザリガニ生息地」として国の天然記念物に指定されています。

ザリガニ生息分布調査の結果概要(2012) | 大館市役所

地図はGoogle Mapsより

つまり、現実的にはアメリカザリガニの可能性が高いのに、呪術廻戦にニホンザリガニの描写が登場するのは

  • 幼少期、アメリカザリガニの幼体をニホンザリガニと間違える
  • ザリガニ釣りシーンを作画するにあたり、資料を見てニホンザリガニとアメリカザリガニを描き分ける

というややこしい事態になっていることが推測される。

ニホンザリガニは東北においても子供がカジュアルにザリガニ釣りで捕まえられるものではない。本州でニホンザリガニを見たことがある人は万人に一人とか数十万人に一人とかそういうレベルのレアな生き物である。

そのニホンザリガニを大きさだけの説明でカジュアルにザリガニ釣りシーンに登場させているあたりも、この推測を補強させる。わかっていて描いているという人もいるが、勘違いする人が増えるだろうネタを数コマでやる必然性がない。

ニホンザリガニは関東以西にはいない

ニホンザリガニと生息域が被るウチダザリガニも特定外来生物だ。以下の環境省マップでは、ウチダザリガニとニホンザリガニは県単位、アメリカザリガニは生息確認地点と粒度が異なっていることに注意。

ウチダザリガニも冷涼な環境を好むことから、どこでも見られる種ではない。そのため、ウチダザリガニのことは置いておいてアメリカザリガニのことだけ話すと、ニホンザリガニは関東以西にはいないので、ザリガニがいたらほぼほぼアメリカザリガニと言ってよい。

北海道・北東北以外の関東・北陸・中部・東海・近畿・西日本・四国・九州・沖縄でザリガニがいたら、赤くなくても小さくてもニホンザリガニの可能性はゼロ。アメリカザリガニだと思ってほしい。

日本にいるザリガニマップ
日本にいるザリガニマップ(環境省)

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