有害鳥獣や外来種駆除に関する報道で、駆除した生き物の「有効活用」やその枕詞として「命を粗末にしている」ことへの違和感が語られることがあります。なぜ駆除した生き物は殺処分され、「命を粗末に」という言説にはどんな問題があるでしょうか。
「命を粗末に」や駆除した生き物を「有効活用せよ」とする報道の例
近年鹿やイノシシの急増に伴う食害や、ペットとしての飼育個体も多いミドリガメやアメリカザリガニの特定外来生物指定方針などで、有害鳥獣や外来種駆除後の処分方法にフォーカスが当たる報道が出ています。下記は、その一例です。
捕獲後は殺処分されるのがほとんどで、命を粗末にすることに疑問を抱いていたところ、キョン革のつやのある性質に着目。「お尋ね者」を高級品に生まれ変わらせようと試行錯誤を続けている。
「お尋ね者」高級皮革に 特定外来生物 キョン 千葉県内で急増、活用模索 | 千葉日報オンライン
動物の処分をめぐっては、外来種が生態系に及ぼす悪影響を懸念する立場と動物愛護の立場とで見解が分かれていて、是非をめぐって議論になることも予想されます。
外来種ミドリガメ “殺処分も必要” 飼い主が最後まで飼えない場合 | NHK
また、こうした風潮に対して①本来の目的、②実現可能性、③活動する人への悪影響の視点から、違和感と危惧を覚えている、とする報道も出ています。
鳥獣害対策の捕獲や外来種の駆除活動で、捕まえた生き物の「その後」が話題になることが増えてきた。メディアにじわじわ広がっているのが「命を奪うなら有効活用を」という論調だ。こうした有効活用には説得力もあるが、落とし穴もある。3つの視点からこうした報道の問題点を考えたい。
駆除した生き物の「有効活用」のわな – 小坪遊|論座 – 朝日新聞社の言論サイト
駆除した生き物はなぜ殺処分されるのか?
有害鳥獣や外来種駆除の現場で、なぜその多くが殺処分されているのでしょうか。それは、飼育したり有効活用するにはコストがかかる分、駆除効率が落ちるからです。
そもそも駆除するリソースが足りていない
有害鳥獣でも外来種駆除でもそうですが、被害をゼロにできるほど一気に捕獲できている種はほとんどありません。人里におりてきた熊を駆除するといった単発ではなく、種全体・国全体の話です。
農林水産省から出ている「鳥獣被害の現状と対策」によれば、農業被害の7割はシカ・イノシシ・サルによるものです。国を挙げた対策で近年の被害額は減少したものの、被害がなくなったというには程遠い現状にあります。
飼育や有効活用に回すリソース(人・物・金)があるなら捕獲に回したい場所はいくらでもあるわけです。例えば、食材として加工するには土地・設備・倉庫などが必要で、駆除するリソースが削られることになります。
飼育するには人・物・金が必要
殺処分せず飼育するなら、誰かが人・物・金を負担しなければなりません。
例えば、記事にあったミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)は、環境庁の調査によると全国に約790万匹生息しています。成長すると甲羅は最大30cm、寿命は30年程度あります。つまり、駆除した個体すべてを終生飼養することは不可能です。
目の前の1〜2匹ならもちろん飼えるでしょう。しかし、規模が大きくなっても実現可能かまで考えて「殺さないで」と言っていますか。
人間が命の重さに差をつけることになる
駆除個体の命を救うなかで、実は人間が命の重さに差をつけている場合があります。
- 街におりてきた熊は射殺される
- 都会に出た鹿は保護されても、地方の鹿は殺処分される
という事例を考えてみましょう。後者の例は「シカ助けて」「引き取りたい」 足立区に電話殺到:朝日新聞デジタルなど報道されています。
犬猫あるいは鹿など、人から見てかわいい・役立つ場合は救うがそうでない場合は殺す、ということだと、同じ命でも人間の都合で軽重をつけていることになります。
駆除個体の「命を粗末に」という言説の問題点
被害があるから駆除する、という因果関係を思い出してください。
- ブラックバスが在来魚を食べる
ブラックバスは1日3匹程度の餌を食べる(参考)ため、ブラックバスを再放流するなどして延命した場合、10日で30匹100日で300匹の命が失われることになります。
駆除個体の「命を粗末に」という前に、駆除しないことで失われる命に寄り添う姿勢が必要です。特に侵略的外来種の場合は、1個体駆除すると数個体から数百個体の在来種の命を救うことになります。
侵略的外来種の「命を粗末に」したのではなく多くの在来種の命を救ったと考えましょう。
駆除する人は「命を粗末に」しているのか
駆除個体の有効活用自体は良いことですが、記事にする時、その枕詞として「命を粗末に」をつけがちです。外から「命を粗末に」「殺さないで」ということは簡単ですが、その負担を駆除する人に押し付ける構図には問題があります。有効活用は加点要素であって、しないと減点になるような運用・雰囲気は好ましくありません。
被害があるから駆除する因果関係において、被害が許容範囲に収まれば駆除を終了できます。駆除個体をその後飼育したり有効活用するかどうかは、被害の軽減に直接関係しないことに注意しましょう。